奏手候『米国ツアー2015』記録


2015.4.5(日)
13時間飛行機に揺られ米国入り。降り立った瞬間日本とは違う米国独特の香りを感じる。
フェスの代表取締役のお二人が空港まで迎えに来て下さり、ご一緒に桜祭りのオープニングセレモニーへ。
その後ワシントンD.C.から少しの、アーリントンにあるホテルへC.I.。これから9日間お世話になるホテルである。




2015.4.6(月)
現地の有名ライヴハウスへ楽器を抱え袴姿で突撃。事前に電話でアポを取ろうとしたが英語の壁に撃沈した為である。(笑)
そこで出会った気の良いオーナーとお話をさせて頂き、奏手候の公演動画を見せた所意気投合。
急遽我々の為にいくつかイベントを組んで下さる事に。
英語が不得手でも、誠意や熱意、そして音楽は国境を越えて伝わると実感。
言葉に出来ない喜びと充実感を胸に、仲間と食べた異国の夕食は本当に美味しかった。




2015.4.7(火)
メトロとタクシーの利用方法も少しずつ心得て来る。
米国のスーパーは全てが大きく、数十分で驚き疲れる程である。
ピザ屋や教会では気の良いマダム達にとても良くして頂いたが、あれはきっと全員子供だと思われていた。




2015.4.8(水)
高速バスで一路NYへ。3時間程の距離だったろうか。
ワシントンやアーリントンの街並みとはガラリと違う風景がそこにはあった。
道行く人々もまるで違い、米国の中でもまた別の国の様に見えた。そうか、米国はとても広い。
京都で出会った女性アーティストさんに案内や通訳をして頂きながら、とある老舗ライヴバーへ。
ネットで人気の配信番組に出演させて頂いた。
演奏させて頂いたのは「吉原狐舞甚句」。
いつもと違う楽器や機材と格闘しながら、演奏とインタビューを無事に終える。
夜はタイムズスクエアへ。
お優美がエルモに$60を巻き上げられた以外は、色んな音楽やアートに触れられた大変貴重な夜だった。
お優美がエルモに$60巻き上げられた以外は…←




2015.4.9(木)
先日突撃したライヴハウスで公演をさせて頂く。
素晴らしいO.A.のバンドさんまでつけて頂き、そして最高のPAさんの元、オーナーが宣伝して下さっていたお陰で急遽決まった公演にも関わらず本当にたくさんの温かいお客様にお越し頂けた。
持ち曲のほとんどを演奏させて頂いた上にアンコールまで頂き、それでもいつまでも鳴り止まない大きな拍手は、一生忘れない。




2015.4.10(金)

ワシントンD.C.の玄関口、レーガン空港内にて2ステージの公演。
なんと奏手候だけの為に一からステージを組み機材を入れ最高のPAチームと通訳さんをつけて下さった主催側の皆様の温かい想いに、感動が止まらなかった。あんな豪華な送迎車も、初めてだった。
更にこの空港でロックバンドがライヴをするのは、なんと歴史上初の快挙との事だった。




2015.4.11(土)
桜祭り本番。FBI本部横の大きな道路が全て封鎖され、目を疑う巨大なフェス会場となっていた。
その両端の大きなステージで、この日も2ステージ公演をさせて頂いた。
ドラムの音がどこまでも抜け、ベース音が地響きを立てうねり、ギターがまるで龍の様に鳴いていた。
そしてボーカルの声も、天まで届く様だった。
これまで体感して来た野外ライヴというものの概念がまるで変わる程に、規模が、違う。
鳴り止まない大きな拍手と歓声。数万人という人の渦。
終演後も数え切れない賞賛のお言葉を頂き、目が回る程の写真やサインにも応えさせて頂いた。
主催の日米協会の方々を始め、通訳やボランティアの方達にも本当に良くして頂いた。
米国の人々は、とてもフレンドリーで温かい。
どうしようもなく胸が熱くなる、一生忘れられない一日となったのは、最早全員口にするまでもなかった。





2015.4.12(日)
米国での貴重なオフ。まだ昨日の感動が冷めやらぬまま、全員でお世話になったライヴハウスへ改めて御礼へ出向いた後、観光へ出掛ける。
博物館や広大な芝生公園、歴史的建造物。メトロに乗り、タクシーに乗り、そしてたくさん歩いた。
ワシントンには緑が多く、そして桜が咲き乱れていた。



2015.4.13(月)〜14(火)
帰国の途へ。あんなに戦々恐々と乗り込んだ米国を、この時には離れるのが寂しくなっていた。
…とは言うものの、京都へついてからすぐ食べた牛丼とおうどんは、やっぱり最高に美味しかった。






米国には、温かい人々がいっぱいでした。最後に、米国で一番よく使った英語を。
Thank you so much!!







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